★橋 幸夫★

本名、橋幸男。昭和18年5月3日生まれ、東京都出身。
昭和35年7月、股旅演歌「潮来笠」でビクターからデビュー。一躍アイドル歌手の頂点へ。2年後の「若いやつ」から始まった「青春シリーズ」が大きな声援を受けた。吉永小百合とのデュエット「いつでも夢を」(日本レコード大賞受賞)をピークに、「白い制服」「赤いブラウス」「青いセーター」のカラーシリーズ、「CHECHECHE」「恋をするなら」「あの娘と僕」などのリズムシリーズと、実力をいかんなく発揮した。

<橋幸夫への熱いメッセージ>

●御三家の「最大のヒット曲は絶頂期に生まれ、その後衰退」説。 <隼>(2001)
御三家は3人ともデビュー曲は大ヒットしました。さてもう一つ大ヒットを選べと言われれば、橋幸夫は「いつでも夢を」、舟木一夫は「絶唱」、西郷輝彦は「星のフラメンコ」でしょうか。いずれも絶頂期の大ヒットです。絶頂期は、やがて来る下降期の始まりでもあるわけです。事実、舟木はこれ以後の曲は大ヒットとはいえないように思います。西郷も同じです。勿論異論のある方もいらっしゃるでしょうが…。ただ一人、橋幸夫だけは「いつでも夢を」の後も大ヒットは続きます。「恋をするなら」「雨の中の二人」などです。これはどこを絶頂期とするかにもよりますが、一応妥当なところでしょう。つまり「いつでも夢を」は絶頂期の後の下降期の分岐点ではなかったのです。もう一度絶頂期が来る前ぶれだったわけです。なぜ絶頂期が2度も来たか? 御三家にうまく乗ったのです。橋幸夫の秘密はここにあります。
昭和39年、舟木一夫の人気が「君たちがいて僕がいた」の大ヒットで安定したころ、西郷輝彦がデビューし「君だけを」をやはり大ヒットさせます。この年、橋幸夫も「恋をするなら」で互角に戦い、御三家が成立します。橋幸夫はこの二人と比較されることによって若さを保てたわけです。これが、西郷や舟木より前の北原謙二や松島アキラと組んで御三卿などと称していたら、一緒に沈没していたかもしれません。
そして、あの昭和41年を迎えます。この年は加山雄三一色でした。レコード大賞で本命視された「君といつまでも」が、映画「アルプスの若大将」とともに空前のブームを呼びます。しかし、御三家も頑張り、映画と共に大ヒットした舟木の「絶唱」、西郷の代表曲になった「星のフラメンコ」が生まれます。ここでも橋は存在感を見せます。「雨の中の二人」を大ヒットさせた後、「霧氷」で2回目の日本レコード大賞を受賞してしまいます。この年の橋は、絶頂期を超え黄金期と言った方がいいかもしれません。
絶頂期がとうにすぎてから、もう一度橋は大ヒットを生み出します。あの「子連れ狼」がそれです。NHK紅白歌合戦には、その後4回、昔の自分のヒット曲で出場しますが、18回連続のあと落選します。その紅白で「いつでも夢を」は4回も歌われます。それが何よりこの歌が永遠の歌である証拠でしょうか。私の御三家の歌の「最大のヒット曲イコール絶頂期のヒット曲、下降期の始まり」説はこうして成り立たなくなりますが、その結果には満足しています。僕は「いつでも」つまずいたときには「夢」を持ち、乗り越えていこうと思っています。
●「♪花のかんざし重たげに〜」 <はまゆう>(2001)
私の娘が中学生の時のクラスの女の子の話です。
その子は中学を卒業すると、すぐ京都に行きました。しばらくして風の便りに「舞妓さん」になったと言う事を聞きました。娘が高校に入り京都に修学旅行に行った時、ホテルまでその子が面会に来たそうです。「すごくきれいにお化粧してきれいだったとよ」と、娘が帰って来て興奮したように話してくれました。
私はなぜか涙がでそうになりました。「♪花のかんざし重たげに〜」橋幸夫さんの「舞妓はん」の歌詞のようなことが、今もあるものなのだと感慨深く思ったものです。
●初盆。 <隼>(2002/08/04)
去年亡くなった高校時代の同級生の初盆で大阪の一心寺へお参りしてきました。
この友人は中学生のころからビートルズのファンで、レコードもロックを中心に幅広く集めていました。ただし、歌謡曲はその範疇にはなかったようです。
しかし、「1曲だけ歌謡曲でいい歌がある」と生前話していたことがありました。橋幸夫の「雨の中の二人」です。「そうか、洋楽1本やりの人間にもあの曲はいいのか」と妙に納得したことを覚えています。それからかもしれません、私が橋幸夫のファンになったのは。
去年の9月、突然、この友人の訃報を聞きます。その四十九日の席で、私は形見分けに1枚のレコードが欲しいと申し出ました。あの「雨の中の二人」のシングル盤です。独身貴族だった彼は随分高価なものも沢山持っていたようですが、私が欲しかったのはそれだけでした。
昨日の法要の後の食事会で、親戚の人に彼の遺産の話を聞きました。彼には相続人がいないため、全ての遺産は国のものになるそうです。その他の、趣味で集めていたものは業者が先日、二束三文で引き揚げていったということでした。多分、100万単位のビートルズのレコードの数々も入っていたはずです。しかし、私にはあの「雨の中の二人」のレコード1枚で充分でした。この曲を聞く度、彼を思い出すはずです。私が生きている限り。
●橋さんの魅力。 <幸美>(2003/10/30)
17歳で、大人が歌うような「潮来笠」を歌ってデビュー。そのギャップが逆に受けたんでしょうね。でも、当時の私には正直受け入れられませんでした。着流しで歌っている姿が粋で、いなせで格好いい・・・そう思うようになったのは後のことです。 今は、それが橋さんの最大の魅力だと思っています。 他にも、青春歌謡、リズム歌謡・・・ジャンルの幅の広さも他の歌手には無い魅力だと思います。 「いつでも夢を」を聞くと、いつも夢を持って行きたいと思います。